このページでは2022年にループアニメーションのために書き下ろした音楽について解説をしていきます。
これまで僕は打ち込み音源で音楽を作ってきたのですが、今回は演奏家やレコーディングエンジニアにご協力いただき、生楽器の収録のみで音楽制作を行っています。
計6曲ありますが、それぞれに異なる演出の意図や目標があります。なるべく一般的な理論の解説は避けるようにしたため、作家としての独自の視点や考え方をご理解いただけると思います。
ゲーム、アニメーション、その他映像作品向けの音楽の作曲の依頼を希望される方がおられましたらContactよりご相談ください。
2022年9月23日
1曲目はピアノとヴァイオリンの音楽です。
ピアノは花びらと鳥の動きに注目し、音の粒を表現するように跳ねることを意識しています。
ヴァイオリンは花びらを運んでいる風や、遠くの風景の空気感といった見えていないものを表現しています。
このように楽器ごとに役割を持たせることで、ループアニメーションに空間や、さらに時間軸には情景の変化といった演出をもたらすことができるのです。
制作記1 録音の準備
生楽器を使った録音をするためには、まず奏者に渡すためのデモ音源と譜面を作る必要があります。
まず僕は打ち込みでデモ音源を作って、そのデータを元に譜面を起こしました。
譜面に関しては楽曲のニュアンスを意図した通りに奏者に伝えるために記譜上の配慮が必要です。
今回の録音では以下を実践しています。
・奏者にどう演奏してほしいのか方向性を示すために、細かくアーティキュレーションを指定する
・読譜や譜めくりの手間を省くために、譜面は反復記号を駆使してコンパクトに仕上げる
僕も見やすくて的確な譜面を作る人になりたいです。
2022年9月30日
2曲目も同じくピアノとヴァイオリンの音楽なのですが、1曲目とは別のアプローチを試みています。
それは、アニメーションの動きを意識した音楽づくりを行うということでした。
絵を演出する音楽を作るために、作編曲では以下の工夫をしています。
・スタッカートやスピッカートという奏法を使って、音をリズミカルにすることで明るさや楽しさを表現する
・同じ伴奏形を繰り返すことで「回転」や「前進」をイメージさせる
・屋内であるため、和音の響きや展開を必要最低限にすることで、風景に奥行きや移り変わりを感じさせない
・楽器とメロディによって、動き回る動物を表現する。ヴァイオリンは猫、ピアノは犬をイメージさせる
また1曲目と同様に絵には猫が登場しているため、1曲目と同じメロディをアレンジして組み込んでいます。
こうすることで、いわば音楽が2つの絵の世界の接着剤の役割を果たし、ストーリーが生まれるのです。
ただしこれはあくまでデモンストレーションであり、1曲目の絵と2曲目の絵は豊井さんが描いたものであるため、そこに世界の繋がりがあるのかは僕にもわかりません。
制作記2 リハーサル
このプロジェクトでは作曲した6曲全ての音楽に対して、録音の前にリハーサルを行いました。
あらかじめ僕が用意した譜面の内容を演奏家による実際の演奏を通して確認し、作曲者と奏者の間で細かいニュアンスを詰めていくという打ち合わせのような現場です。
僕は楽器や奏者に対する理解が浅いため、ディレクターや奏者側からも積極的に意見を出してもらうことで、望ましい演奏表現を探っていきました。
そのやりとりで得られた知見は、録音の現場だけではなく、次の作曲や譜面制作に活かすことができるのです。
2022年10月7日
3曲目はピアノとフルートの音楽です。
僕個人としては陰影にドラマがある絵だと解釈しているため、登場人物にフォーカスを当てて作曲しました。またアジサイの花は日本原産なので、日本の夏を予感させる方向性になっています。
この絵は解放感のある屋外の絵であり、音楽にダイナミックな展開を持たせることでドラマのある印象を作ることができるため、楽曲の要素には以下のような意図を持たせています。
・ピアノの伴奏で日本の夏の空気感を作る。後半(1:43〜)では盛り上がりを表現するために、伴奏の中のベース音にドラムのようなリズムを組み込む
・フルートのメロディをしっかり歌わせて(実際は屋外では響かないけど)遠くまで響かせるイメージを持たせることで聴き手に空間を感じさせる
・前半で世界観を提示するために、ピアノとフルートがそれぞれ別の表現方法で、風の流れを演出する
・後半からは勇気を感じさせる展開で、最後はシーンに続きがあるような終止にする
制作記3 レコーディング
録音はレコーディングスタジオで2曲を3回に分けて行うというスケジュールで進めてまいりました。
6曲全てが二重奏の音楽で、ピアノと他の楽器を1つ組み合わせていることから、収録の品質を考慮し、楽器ごとにブースを分けて収録しています。また2つの楽器を同時に録音することで作業の効率化にも配慮しています。
基本的にコントロールルームでは、僕が立ち会う形でディレクターにディレクションを行なっていただきましたが、3回目の録音ではディレクターが奏者側になったため、録音エンジニアと協力して録音を進めていきました。
録音に立ち会って感じたことは、ディレクションを行うためには何が良かったのかを自分なりに判断する耳が必要になるということです。
つまり普段から生楽器の演奏を聴いておかないと、作品にとって必要な決断をすることができないのです。僕も場数を踏んで、録音のディレクションができる作曲家を目指していきたいです。
2022年10月14日
4曲目もピアノとフルートの音楽です。
今回はこれまでのように絵から音楽的な解釈を見出すだけではなく、音楽によって絵の雰囲気を脚色して演出し、聴き手の世界観を広げるという方針で作曲を行いました。
つまり、元の絵からは想像できないような音楽が流れているが、なぜかそれが合っているという結果を目指すということです。工夫は人それぞれだと思いますが、作曲家としての作家性を確立していく上で、個人的に重要な能力だと感じています。今回の絵に関しては次のような点を意識しました。
・喫茶店で流れているような音楽のイメージに寄せない。どこか叙事詩的な要素を感じさせることで、日常の中に非日常を持ち込んでストーリーを作る
・音楽全体のテンポを遅く設定することで落ち着きを表現するのではなく、緩急をつけたり、ピアノの伴奏において数小節単位での大きな下降フレーズの流れを作ることで、ゆったりとした空間を表現する
・3曲目と同じで最後はシーンに続きがあるような終止にする
制作記4 ミックスとマスタリング
絵との調和という意味では、作曲や演奏だけではどうにもならない部分があります。それが音作りという観点であり、これまで僕は感覚さえもつかめていない概念でした。
今回のプロジェクトの目的はドット絵のアニメーションを音楽によって演出することです。動画としては、MVではなく、あくまでもアニメーション作品として捉えていただけるような内容を目指しました。
そのような理由があり、人による演奏の迫力を前に出すことよりも、そうしたニュアンスやディティールを残しつつも、サウンドとしては絵を演出する方向性で、古風というかナローな感じに作り込んでいただいています。
なぜこうした音作りが絵に合うと感じるのかは言語化しきれていないのですが、過去のゲーム機に例えるならSFCやPSなどのPCM系の内蔵音源と低解像度のグラフィックスとの親和性に通じるものがあります。
今回はミックスとマスタリングは立ち合いで専門家にお願いしたのですが、自分1人では気づけなかった部分を多く知ることができました。よく分からない分野は、まず専門家に仕事を発注して実際の現場を見せてもらうことが、誰にとっても1番の勉強になると感じています。
2022年10月21日
5曲目はピアノとコントラバスの音楽です。
ピアノは高音部で明かりを表現し、コントラバスは水面や近景の暗さ、船の揺れなどを演出しています。
1:20秒からはコントラバスにベースのフリをさせながらメロディを弾かせることはできるのかということにも挑戦していて、これは一時的にコントラバスが内声に切り替わってメロディを弾くことで実現しています。
このときピアノはコントラバスよりもさらに低い音域でベースの音を弾いていますが目立ってはいません。あたかもコントラバスがベースとしてメロディを奏でたかのように聴こえるのが重要な点で、これが仮にピアノがベースを弾いていなければ、それまでの流れが崩れたように聞こえてしまうのが音楽の不思議なところです。
制作記5 動画制作
このプロジェクトでは、イラストレーターである豊井祐太さんに許可をいただき、過去作品のGIFアニメーションの動画化を行っています。
動画化にあたっては元の作品を正しく引用するために、撮影対象(GIFアニメーション)を一般的な画面の比率である16:9に引き伸ばしたりトリミングしないことで、作品の忠実性を保っています。
また、対象となるGIFアニメーションはドット絵であるため、動画編集ソフトでの撮影時に自動的に拡大処理が行われた際のアンチエイリアスなどの意図しない画像の補間処理を避ける必要がありました。このため、前工程として画像編集ソフトで全フレームに対し補間をかけずにGIFアニメーション画像の拡大を行なっています。拡大は4Kでの撮影に適した解像度(縦2160ピクセル)に設定することで、2022年時点での視聴者の幅広いディスプレイ環境に対応できるように配慮しています。
2022年10月28日
6曲目もピアノとコントラバスの曲です。
雪が降り続けているループアニメーションの視覚的な情報量が多いためか、絵に寄り添う方針であれば、イントロから明確なメロディが入る音楽は合わないというのが率直な印象でした。
ただ人の温かさや気配を残す必要はあると感じたため、徐々に楽しい雰囲気になっていくようにしました。
・イントロは絵のモチーフに沿った音を並べてみる。雪が降る要素を音で表現する。駅の発車サイン音をイメージするなど
・0:22〜 音楽の始まりを予感させつつも、途中で調性を曖昧にするような無機質さを出す
・1:05〜 バグパイプのトラッドのように、5度のワンコードの和音で音楽を展開させていく
・1:44~ 歌うようなフレーズの流れができてきたら和音を充実させつつ、回帰の準備をする
制作記6 総括
以上で日常風景をテーマとした6曲のリリースは無事に完了いたしました。
「生楽器の収録のみで作曲のポートフォリオを作る」という僕としては初挑戦の内容でしたが、このプロジェクトはいわゆるセルフ・プロデュースであり、僕自身が経験を積み、成長するために以下のように行動するのが目的でした。
・作曲に加えて編曲も行うこと
・ディレクターや奏者に渡すことができる内容の譜面を作ること(総譜、パート譜)
・リハーサルに立ち合い、奏者とのコミュニケーションの取り方を知ること
・レコーディングに立ち合い、ディレクターやエンジニアによる録音の流れを知ること
・ミックスとマスタリングの音作りについて、作業現場に立ち会うことでその意義を知ること
・作曲の段階から意図を持って制作を遂行していくことで、他には変えがたい価値を持った作品づくりを目指す
これまでは1人で音楽を作ってきたことを考えると、わずか半年ばかりでこれらを経験できたことは、すでに業界で多くの経験を積まれている関係者のみなさまのおかげです。
多くの人が関わって制作される音楽の魅力や価値を知った上で、改めて自分の音楽制作のあり方を洗練させていきたいと考えています。