自動演奏楽器の世界

僕は前々からコンピュータによる打ち込み音楽のルーツはオルゴールにあると考えていました。機械式なのか電子式なのか、それだけの違いである気がしたのです。ただ、その歴史を学んだことはなかったので、オルゴールを鑑賞できる施設に出向いてみることにしました。

探してみたところ、東京の三鷹には「ミタカ・オルゴール館」という小さな展示場があり、三鷹駅からとても近い場所にありました。

ここは大部屋ひとつの展示場ですが、様々な機種のオルゴールや自動演奏楽器が展示されています。スタッフの方がオルゴールの歴史から各機種の構造に至るまで、演奏を交えつつ解説をしてくれました。結果として、自動演奏楽器そのものに対して思う事があったので、個人的に意外だと思った点をいくつかピックアップしていきます。

楽器としてのオルゴール

実はオルゴールの金属製の機械部分だけでは、ほとんど音が響きません。音叉と同じ原理で、木製の板や箱など、共鳴させるものとの接触があって初めて音が増幅されるからです。つまり共鳴箱の工夫によって、より音を大きく、特に低域の音を豊かに響かせることができるのです。

今も昔も、一般的なオルゴールの仕組みでは音の強弱を表現することはできません。しかしオルゴールが1800年代、当時の貴族に向けて売られていた頃、スイスの職人たちは様々な工夫を凝らしていました。「ピアノフォルテ」という方式では、振動板(音程がついたクシ)の大小を組み合わせることで、2段階の音の強弱の表現が可能になり、さらに「マンドリン」方式では、同じ高さの音が出せる振動板を並べて交互に演奏することでトレモロ奏法を可能にしています。

このように、オルゴールは初期の段階から単なる自動演奏装置としてだけではなく、1つの楽器として設計されていたことがわかります。

動画で紹介している「ニコルフレール」という機種は選曲の機能があり、譜面になっているシリンダーを左右に動かせる構造にすることで、振動板に接触する突起が切り替わり、1つのシリンダーで複数の音楽を演奏させることができる仕組みになっています。

また別機種の「メルモドフレール」という卓型の機種では、手動でのシリンダーの交換が可能であったり、楽曲の順次再生やリピート再生ができるスイッチが付いていました。まさしく現代の音楽プレイヤーに相当するものになっています。連続して音楽を演奏させることができるため、食事中のBGM演奏装置として利用されたそうです。

後の時代になると、ドイツではディスク交換式の大きなオルゴールが登場し、お金を入れると音楽を奏でてくれるジュークボックスとして公共の場所に設置されるようになりました。ただ、それらも蓄音器の登場とともに衰退していきます。

現代のシーケンサーの祖先となる自動演奏楽器

蓄音器が普及した時代においても、アメリカでは積極的に自動演奏楽器が作られていました。ここではアプローチの違う2つのピアノを紹介します。

1つ目は「ニケロディオン」という楽器です。アップライトピアノの中に楽器が仕込まれており、打楽器を含めた計7つの楽器を演奏することができます。なんというか、見た目は楽器のお家といった感じでした。

譜面は紙ロールに穴を開けて情報を記録したものであり、これに基づいて演奏されます。動力は当時、普及段階にあった電力であり、それによって発生する空気の圧力で動作を制御しているのが特徴です。

これもお金を入れると演奏が始まる仕組みになっており、酒場などで活躍したようです。

楽器に強弱の表現は感じられず、特にピアノの演奏は人間では物理的に弾けないような内容になっています。他の装置と違って音量が大きく、とにかく賑やかに演奏されるようにアレンジされているため、作り手が自動演奏であることをポジティブに捉えていることがうかがえます。

コンピュータ上でシーケンサーを使って生楽器のようにリアルな演奏させる場合でも、やっていることは似たようなものであるはずなのですが、これは人間による生演奏を意識していないという点で驚きがありました。楽しけりゃいい!そんな感じが伝わってきます。これが当時の酒場で流れていたリアルなBGMの1つだと考えると、かなり貴重な資料であるともいえます。

こういったものが意外にもエレクトロニック・ダンス・ミュージックのような文化の先駆けなのかもしれません。

2つ目は1928年に登場した「スタインウェイ」デュオアート・リプロデューシングピアノという楽器です。音の高さや長さだけではなく、強弱も表現できるのが特徴です。強弱の情報は、紙ロールの譜面の両側に記録されていました。MIDIの規格は1981年、スタンダードMIDIファイルの登場は1991年でしたので、そこから50年以上も前の出来事です。

このピアノの自動演奏装置が生まれた切っ掛けは、当時の演奏家にとって蓄音器の音質は不評であり、別の手段で自分の演奏を残したかったからなのだそうです。

ピアノ演奏家が演奏した記録を忠実に残し、再現できるようにするために、再生用のピアノとは別に、演奏結果を正確に記録するためのピアノが別途用意されていたようです。

ただし、これらも後には録音技術の発展やレコードの普及によって衰退してしまいます。

波形の記録は利便性を追求した割り切り型の方式ではあるのですが「演奏会に来て頂ければ、実際の音や雰囲気を体験できますよ」という導線によって、人間による演奏活動との共存を図ることができているのではないかと思います。

以上、ミタカ・オルゴール館で得た知見の中でも、コンピュータ音楽の歴史に関連がありそうな要素について、個人的な意見も交えつつお話ししました。結論としては、やはり打ち込み音楽のルーツはオルゴールにある気がしています。厳密にはオルゴールではありませんが「ニケロディオン」は現代のコンピュータの音楽制作でやっていることをそのまま機械化した感じがあり、とても感銘を受けました。

今回お世話になった「ミタカ・オルゴール館」ですが、音楽制作に関わる方であれば、ぜひ1度は訪れてほしい施設だと思いました。

2020.7.22 現在は予約制となっています。